「死刑」はたかだか行政の制度

今朝、大阪の姉妹を殺した山地悠紀夫被告(22)の初公判のニュースを見た。当初連行されたときの映像も放映されていたが、車の中でうすら笑みを浮かべていたのが印象的だった。
彼の場合は、自分の母親も殺しており、気違いであることは明白なので、しっかり死刑にすべきだろう。更生なんてするはずがない。
前回、母親を殺したときは、更生の余地ありとして再び放し飼いにすることとなったのは已むを得まい。裁判官も所詮事務屋に過ぎないので、前例を踏襲するなかで死刑の判断を下すわけにはいかなかったことは理解できる。しかし、今回は、十分に止めを刺す事務の流れに乗せられるだろう。
自分でしっかり殺したいと判断して行動したことは、気違いであっても、心神耗弱ではない。「母親を殺したときに感じた興奮を再び味わいたかった。」という理由は、異常ではあっても、本人の冷静な判断である。
ところで、話は変わるが、事務の流れという意味では、今の法務大臣が、死刑執行のサインをしないそうだが、ならば何故、法務大臣を拝命したのか?
刑事訴訟法には、判決確定から6ヶ月以内に執行命令を下さねばならぬと定められているにも拘らず、それを遵守できないというなら職務怠慢ではないか。サインをしないという考えならば、そもそも職務を遂行できないということで法務大臣職をうけるべきではないだろう。*1
判決が確定した死刑囚を食わせるにも税金がかかるのである。現法務大臣はその費用を自腹で持つというのなら、まだ我儘を許す余地もあろう。
しかし、職務は放棄するは、税金は無駄遣いするはという有様では、なんとも度し難い。しかも、彼は法曹ではないか。前任の看護師あがりの何も知らないおばあちゃんとはわけが違う。
困ったものである。
私が暇人なら、現法務大臣を相手に訴訟を提起するんだが。

*1:代々、6ヶ月以内にサインなどしていないということはわかっちゃいるが・・・